岡山市のホームレス-定住する住まいを喪失した者たちの実態-

 本研究は、岡山市において「定住する住まいを喪失した者とその経験を持つ者」へ聞き取り調査を行い、当事者が語る経験から岡山市のホームレスの実態を明らかにし、彼らの多様で複雑な姿を可視化することを目的とする。
 本調査への協力者30名への調査結果と全国調査結果を比較すると、本調査では平均年齢が10歳以上若く、無収入状態の者が多いことが明らかとなった。無収入状態の者が多い点については、週2回の炊き出しや夜回り時、定期的な食料配布支援などを行う民間支援団体の存在により彼らの最低限の食生活が支えられている側面が推測できる。また、彼らの語りから岡山市の地域性として中国・四国地方の交通網の中心地であり、天候が良く、食料が豊富であるという点が彼らの中長期的な路上への滞在に影響を与えていることがわかった。 

本調査へ参加した30名の基本的属性を見ると、性別は男性が8割、女性が2割であり、年代別では50代が最も多く(12名)、次いで60代、40代となり、平均年齢は53.8歳、40代~60代が全体の8割を占めている。出身別で見ると岡山県外出身者が16名と過半数を超えておりここでも岡山市が中国・四国地方の交通網の中心となっているという地域性が影響していると考えられる。最終学歴は中学卒業が高校卒業と並び3分の1を占め低学歴傾向が見られる。


 当事者の語りから見えるホームレスの実態として、まず「ホームレスへと至るまでの経験」ではジェンダー問題の影響が見られた。男性の語りでは労働環境に自身の生が大きく左右され、職歴と居住歴の関連性が高い傾向にある一方で、女性の語りでは主に家庭環境の変化やトラブルに大きく影響を受けており、男性=稼ぎ主、女性=家事という性別役割分業が労働市場や社会システムに組み込まれている(丸山、2013)ことが大きく関連していると考えられる。「ホームレス生活に関する経験」では、岡山市での路上生活の様子と不安定さの多様性が語られた。また、コロナの影響についてはホームレスという区別された世界で生きているという認識が反映された語りが聞かれた。「ホームレス生活からの脱却」については仲間の存在と信頼関係の形成により行動の選択が変わり変化の契機となっていた。一方、ホームレス生活を維持する者の語りでは、心の安定を住居以外に見出した者、自由な生活への抵抗、欲求を喪失した者などの存在とともに、“自己責任”が内在化された者の存在が明らかとなり、福祉がその存在をどう受け止め、対応していくのか新たな課題が提示された。現状では、ホームレス生活を維持する者は本人の問題として捉えられてしまう傾向が見られ、排除の対象となってしまう。また、彼らの語りを通して現在の公的支援が住居・住民票の喪失、携帯の喪失など複合的な喪失を経験している者=最も支援ニーズが高い層がさらに排除されるという脆弱性を持つことが明らかとなった。公的支援へとアクセスする過程には窓口レベルでの法的根拠のない対応や、社会との繋がりを証明できない者は排除されるという構造的な問題などの障壁が見られる。ただし、岡山市は民間レベルでの支援が比較的活発であり、民間団体による支援の充実は今後とも継続して望まれるが、前述した公的支援の問題や新たな福祉の課題などが示された今、改めて公的部門の役割を見直すことが求められる。最低限の生活保障、給付金配布、雇用創出など、民間市場に委ねたままでは排除されてしまう層の生活を保障することが公的部門の重要な役割の一つであると考える。
 本研究は彼らの実態を無個性に一般化したり、政策的提言を行うことが主の目的ではなく、これまで明らかとされてこなかった岡山市におけるホームレスの実態、つまり“区別された世界”に存在する隠された彼らの実態を彼ら個人個人の生きた声を通して可視化していくことに意義を持っている。本研究が今後、公・民ともに彼らの実態を理解し、彼らにとってより良い対策を講じるための一助となることを期待する。

研究員:松田郁乃